大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和27年(ワ)3792号 判決

原告 中島不動産合名会社

被告 川口十一三

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金百十万四千円及びこれに対する昭和二十七年六月十六日から支払済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次の通り述べた。

原告は不動産の売買、賃貸借等の仲介を業とする商事会社であるが、昭和二十二年八月、被告の委任を受けて、被告との間に、左記内容の委任契約を締結した。

(一)  原告は被告のために、被告所有の別紙物件目録〈省略〉記載の土地建物及び動産を、金五十万円以上の価格で売却すること

(二)  売買代金は不動産の所有権移転登記と同時に支払われるようにし、その具体的な支払方法はその場合に当事者間の協議で定めること

(三)  売買代金の内五十万円は被告が受領し、右金額を控除した残額は、これを被告の訴外木村鷹喜に対する第一項の家屋の明渡等請求訴訟の手数料と弁護士報酬、及び被告の原告に対する本件売却委任の手数料と報酬に充当することとし、被告は売買代金の受領と同時に原告に対し右の手数料並に報酬を支払うこと

(四)  売買代金が五十万円以上にならないときは、原告に払うべき手数料と報酬の額は原被告間の協議によつて適宜に定めること

(五)  本件委任契約が取消解任その他の事由によつて終了したときは、被告は原告に対し前記第三項の趣旨にしたがつて相当な手数料及び報酬を支払うこと

右の売却委任の目的物となつた土地建物等は、もともと昭和二十一年六月頃、被告が、その土地上の物置一棟とともに金三十八万円で前記木村鷹喜に売却し、その引渡を済ませていたものであつたが、右木村が売買代金の支払を遅滞したため、被告は契約を解除して同人を立退かせた上であらためて本件物件を他に売却する積りで、原告に対し前記売却の委任をしたものである。そこで原告は、先づ訴訟によつて右木村を本件家屋から退去させるために、被告の依頼によつて被告のために訴訟代理人の選任をあつせんし、被告の支出した一万円以外の訴訟費用も全部自ら立替え支出した。そして、昭和二十二年九月二日、被告は右木村に対し本件家屋明渡請求等の訴訟を提起し、同月十二日頃、本件動産(但しじゆうたんを除く)を執行吏の保管に付する仮処分命令を得て、これを執行した。ところが、これに対して右木村は同月十五日頃、被告に対し売買残代金と引換えに本件土地及び建物の所有権移転登記を請求する訴訟を提起し、且つ同月二十二日頃、右土地及び家屋の処分を禁止する仮処分命令を得て、これを執行し来つた。

右のような事情のため、原告としては本件委任契約締結の当時、本件物件を、前記木村の居住するままで直に五十万円以上の価格で売却することは到底できない状態であつたので、右の訴訟の結果を待つていたところ、昭和二十四年六月三十日、右両訴訟について何れも被告全部勝訴の判決があつた後、同年十一月三十日に至り、前記家屋明渡訴訟の控訴審において、前記木村は同年十二月四日まで及び翌二十五年四月末日までの二回にわたり、本件家屋全部を被告に明渡し、本件動産を被告に引渡し、被告は右木村に金二万円を支払うという趣旨の裁判上の和解が成立した。そこで原告は、右和解条項の履行が済めば本件物件を被告のため売却して委任事務を果すことができる状態となつたので、その準備をしていたが、和解成立後である昭和二十四年十二月中旬頃、突然被告は原告に対し本件委任契約を解除する旨の意思表示をして来たので、本件委任契約はこれによつて終了した。被告の右契約解除の意思表示は、前記の如く原告の本件委任事務遂行上の障害が概ね除かれ、原告がまさに右事務の処理に着手しようとしていた時期になされたものであつて、受任者たる原告にとつて極めて不利な時期になされたものであるから、被告は原告が右契約解除により蒙つた損害を賠償する義務を負うものといわなければならない。

そして冒頭に述べた本件契約の(五)の条項の趣旨は、契約解除の場合における損害賠償の額を予定したものと解すべきである。即ち同条項は、解除がなされた場合、解除がなかつたならば原告が右契約の(三)の条項にしたがつて得ることができたはずの報酬と同額の金員を、被告が原告に対して、損害の発生の有無及びその額の如何とにかかわりなく、損害賠償として支払うべきことを予定したものと解さなければならない。ところで本件物件は、右解除の当時、建物が坪当り二万二千円、土地が坪当り千円、動産が十万円の時価を有していたから、合計百九十一万九千円余で売却することが可能であつた。この金額から本件契約により被告の取得すべき五十万円を控除し、更に前記和解条項により木村鷹喜に支払うべき二万円、譲渡所得税十二万五千円、原告の取得すべき売却著手金一万円、手数料九万円、地租家屋税一年分二万円を差引くと、その残額は百十五万四千円余となる。この金額が、解除がなされずに予定通り本件物件が売却された場合に原告の取得し得べかりし報酬額であり、前記の予定された損害賠償の額である。仮に本件契約の前記(五)の条項が損害賠償の額を予定したものではないとしても、被告の契約解除により原告の蒙つた損害とは、原告の得べかりし利益の喪失を意味するから、結局その額は前記百十五万四千円余の金額となる。そこでいずれにせよ、被告は原告に対し損害賠償として右の金員を支払う義務があるといわなければならない。

よつて、原告は、被告に対し、前記金員の内金百十万四千円、並にこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二十七年六月十六日から支払済に至るまで年六分の商法所定の割合による遅延損害金の支払を求めるものであると述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として次の通り述べた。

原告の主張事実中、原告主張の頃、原被告間に原告主張のような内容の委任契約が締結されたこと、被告と被告が以前に本件物件を売渡した訴外木村鷹喜との間に、同訴外人の売買代金不払が原因となつて、原告主張のような訴訟が繋属し、仮処分が執行されたこと、その後右訴訟が原告主張の経過をたどり原告主張の如き裁判上の和解によつて終了したこと、被告が原告に対し本件委任契約を解除する旨の意思表示をしたことは、いずれもこれを認めるが、その余の事実はすべて争う。

被告は、昭和二十四年十一月十五日に、事情の変更を理由として、本件委任契約を解除したものである。そして本件契約締結の時以降、不動産の価格は急激に上昇しているから、原告が、昭和二十二年八月当時の本件契約の条項を基礎として損害賠償を請求することは失当であると述べた。〈立証省略〉

理由

昭和二十二年八月、原被告間に原告主張のような内容の売却委任契約が成立したこと、その後被告と訴外木村鷹喜との間に原告主張のような原因で原告主張のような訴訟が進められ、昭和二十四年十一月三十日に至つて被告と、右木村との間に原告主張のような裁判上の和解が成立したこと、及び被告が原告に対し右委任契約を解除する旨の意思表示をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

そして証人平原謙吉(第一、二回)、町田誠吾の各証言、並に原告代表者、被告本人の各供述(但し被告本人の供述中後記の採用できない部分を除く)並に鑑定人伊藤六郎の鑑定の結果を併せ考えるとこの間の経緯につき、次のような事実を認めることができる。

被告と前記木村との間の売買は、もともと原告の仲介によるものであつたが、木村が売買代金を支払わないので、被告は仲介者である原告に善処方を要望した。その結果、昭和二十二年八月頃、原告は被告に対し、木村に対する本件家屋明渡訴訟を提起するための弁護士を紹介し、被告は右弁護士を代理人として右の訴訟を提起することとし、勝訴の暁は再び本件物件を原告の仲介によつて他に売却することを約したので、ここに原被告間に前示の内容の売却委任契約が成立した。原告としては、木村への売却の仲介が不成功に終つたので、被告の木村に対する明渡訴訟に協力して同人を立退かせた上で売却あつせんの目的を達する積りで、右委任契約を締結したものである。そしてその後被告と木村間に前示の訴訟が繋属したためこれが解決して右木村が本件家屋から立退き、処分禁止の仮処分が解放された後でなければ、本件物件を約旨の価格で売却することは不可能であつたので、原告は右訴訟の解決を待つていた。一方、被告が木村に本件物件を売却したのは、その当時預金も封鎖されて経済的に苦しい立場にあつたためで、この売却が失敗したため再び原告と本件委任契約を結んだのも同様な事情からであつたが、その後前示の如く被告と木村との間の訴訟が和解によつて終了した昭和二十四年十一月末頃までの間には経済状態も漸次常態に復したので、被告としては本件物件を売却する必要がなくなつた。殊に本件契約締結後、右和解成立までの間に不動産の価格が急激に上昇したという事情もあつたので、被告としては右契約の条件ではもはや原告に売却委任をする意思を失い、前記裁判上の和解が成立し、原告が本件家屋の売却あつせんの準備にとりかからうとしていた昭和二十四年十二月中旬頃、前示の如く原告に対し本件委任契約を解除する旨の意思表示をした。

以上のような事実が認められる。被告本人の供述中右の認定に反する部分はたやすく採用できないし、他にこの認定を左右し得る証拠はない。

以上の事実から明かなように、右の契約解除は、被告と木村間の訴訟の第一審が全面的な被告の勝訴に帰した後、その第二審が前記和解成立によつて終了し、間もなく木村が本件家屋から立退くことが明かになつた時期になされたものである。そして原告が本件物件を本件委任契約の約旨通りの価格で売却するためには本件家屋に居住する前記訴外人を立退かせることが先決問題であり、これが解決しない限り原告の本件委任事務の処理も不可能な状態であつたので原告としては被告の前記訴訟に協力しつつ委任事務を果すことが可能になる時期を待つていたものであることは前示認定の通りである。そうであるとすれば、被告としては和解が成立したために右の解除をしたものではないこと前示の通りであるとしても、前記の契約解除はなお客観的に見て受任者たる原告にとつて不利益な時期になされたものであると認めるのが相当である。

そこで、原告が右の契約解除により損害を蒙つた場合には、被告は民法第六百五十一条第二項により、原告に対し右の損害を賠償する責任があるといわなければならない。この点に関し原告は、本件委任契約の(五)の条項は解除によつて契約が終了した場合の損害賠償額を予定したものであると主張している。しかし、前記の条項自体の中には損害賠償額の予定という趣旨を示す文言はないのみならず、他の条項の趣旨を併せ考えれば、この条項の趣旨は、本件契約が解除によつて終了した際は、その時までに原告の処理した委任事務の程度如何により第三項の趣旨にしたがつて相当率の手数料報酬を計算する旨を定めたものに過ぎないと解すべきである。その他原告の提出援用にかかるすべての証拠を以てしても、本件契約の締結に当つて当事者間に契約終了の際の損害賠償額の予定について合意が成立した事実は、これを認めることができない。

次に、原告は、仮に前記契約条項が損害賠償額の予定と解せられないとしても、契約解除によつて原告は得べかりし報酬を失つたから、これによつて原告は同額の損害を蒙つたものであると主張している。しかし、民法第六百五十一条第二項にいう損害とは、契約解除が相手方にとつて不利な時期に解除されたことにより相手方が特に蒙つた損害を意味するものであるから、不利でない時期に解除されても生ずるような損害はこれに含まれないものと解すべきである。ところが原告の主張する報酬請求権の如きは、契約解除のなされた時期如何にかかわらず、およそ解除があれば常に失われるものであつて(解除の時までに処理された委任事務についての報酬請求権が失われないことは当然である)、その喪失を以て契約解除が原告に不利な時期になされたことによる特別の損害となすことはできない。このような損害をも解除者に賠償させることは、委任契約を当事者が何時でもこれを解除できることとし、特に相手方に不利な時期に解除された場合にのみ、それによつて生じた損害を解除者に賠償させることとしている民法の法意に背くものである。原告の主張は、本件契約解除により原告の報酬請求権が失われたことによる損害の賠償を求めるというにあり、ほかに右の解除により原告に何等かの損害が生じた旨の主張も立証もないのであるから、結局原告がその主張のような損害を蒙つた事実は、これを認めるに由ないものといわなければならない。

よつて原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 新村義広 山本実一 秦不二雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例